水脈が、三輪山を中心とする土地と、そこに生きる人々の信仰、生活、生業を有機的につなぎ、全体としてのまとまりを生み出すとともに、このような風景に命を与え続け、生き生きとした光をもたらす重要な要素となっている。円錐形の山と水、そしてそれが育む光。大和盆地の稲作文化の原風景がここに在る。
井原 縁 / 奈良県立大学
三輪山は、奈良盆地(大和平野)の四周を囲む山々のなかでひときわ形の整った、標高約467mの円錐形の山である。秀麗な山容から、古代より神霊の鎮まる山として崇敬されてきた。西の山麓に座す大神神社は、古来本殿を作らず、拝殿から三輪山を奉拝する。この三輪山と大和平野に広がる田甫が織り成す眺望は、守るべき風景としてその価値が広く共有されており、特に開発圧力が高まった1960年代以降、風致地区や歴史的風土保存区域ならびに歴史的風土特別保存地区の指定等、具体の保全策が次々と講じられてきた。
この風景の基層として重要なのが、当地を流れる水脈である。三輪山周辺には東部に連なる山々を水源とした大小の河川が巡り、縦横無尽に巡らされる水路を介して集落と田甫を潤し、最終的に大和川に注ぎ込んでいる。山麓に坐す大神神社の境内には清らかな湧水やせせらぎが流れ、その先に広がる初瀬川と纏向川に挟まれた扇状地は「水垣郷」と称され、この各所で遥拝する形態から三輪山の祭祀は始まったという。
山麓の集落の空間構造には水と共に暮らしてきた生活文化の痕跡が残り、広々とした田園は水を湛えて青々とした稲穂を育んでいる。日出る東に位置する美しい円錐形の聖なる山、そこから流れ出る水、その水によって潤される水田。これらが古来信仰により底支えされつつ循環し、一体のまとまりを呈している。