直線状の畝が幾重にも並ぶ広大な風景とは異なり,丁寧な整枝と手摘みによる株仕立ての茶樹が渓谷の斜面にひっそりと並ぶ稀有の風景を,政所茶の旨味とともに味わいたい。
村上 修一 / 滋賀県立大学
近世より銘茶「政所茶」の生産が行われてきた愛知川源流域一帯。山林に囲まれたV字谷の底部に分布する集落に、主に川沿い、林縁、家屋の間の南向き斜面で茶園が営まれている。茶園、家屋、ススキ原、田畑、スギ林という山の営みに関わる土地利用が交互に現れる。近世より茶の栽培が行われ「政所茶」の名で全国的に高い評価を受けてきた。当地の気候に適応し病虫害のないヤマチャを伝統的な管理方法により継承している。過疎高齢化による景観変容が懸念されていたが、2017年に生産者組織「政所茶生産振興会」が発足し、産地の現状調査、耕作放棄地の開墾、都市部や地元道の駅等での販促活動など、後世に継ぐ取り組みが行われている。
渓谷に点在するヤマチャの茶園とススキ原、背後にある針葉樹林が一体となった様相は、長年にわたる生業に支えられてきた山間部の文化的景観を後世に継ぐものとして重要である。